人類は地球上のそれぞれの場所や時代で、自然と向き合いながら環境を把握・構成してきた。学術・技術・デザイン等の制度とその内容を、そのときどきの必要に応じて発展・構成させて、次世代に伝えることによって生き延びてきた。そして近代化とグローバリゼーションと共に、諸制度の分業・分断が進んだ今、私たちにとって「環境の全体性」を把握することが難しくなっている。 近現代の文明の在り方に限界や問題があることには、これまでにも多くの人々が気づき、警鐘を鳴らし、その解決に向けてそれぞれの活動を展開してきた。1970年代前半、音の世界を切り口に、当時の環境問題に深く取り組むなかで「サウンドスケープ」というコンセプトを提唱・深化させたカナダの現代音楽家・環境思想家・社会教育家、マリー・シェーファーもその一人だった。

サウンドスケープは、一般に「音の風景」と訳される。その用語成立の背景には、当時のランドスケープ(景観)が「形あるもの」「視覚的な世界」に限定されているという現実があった。つまり、サウンドスケープという考え方は、音の世界の大切さを説きつつも最終的には、風景には「見た目の景色・景観」だけではない、からだ全体で感じる世界、さらには土地に蓄積された記憶やイメージの大切さを主張するものである。 「サウンドスケープ・デザイン」の理解にあたって重要なのは、それが「サウンドスケープのデザイン/サウンドスケープを対象にしたデザイン活動」を意味するのではなく、「サウンドスケープという考え方に基づく広義のデザイン活動」を意味するということである。たとえば、サウンドスケープという考え方に基づいて行う調査研究は「サウンドスケープ研究」となる。同様に、サウンドスケープの考え方を踏まえた「家づくり」や「庭づくり」も成立し、それらは全て「サウンドスケープ・デザイン」という新たな総合技芸の領域内に含まれる。

高度経済成長とバブル崩壊後の日本では、従来の専門分化された大学とは異なるカリキュラム構成を特徴とする学部・研究科が現れるようになった。2008年、青山学院大学には、現代社会に新たな価値を創出する実践的能力をもった人材育成を目標とする総合文化政策学部が創設された。 発足時に赴任して以来、私は「サウンドスケープ」の考え方を「環境美学」「環境デザイン論」「環境芸術論」「都市環境論」といった科目のなかで講じながら、自分自身の研究・実践活動を展開している。それによって若者たちに、ともすると「音」や「アート」の問題に矮小化されがちなサウンドスケープというコンセプトに内在する、次のような特徴(もしくは効能)をより明確に示すことができるようになった。

サウンドスケープの考え方は、私たちの見えないものを見る力、聞こえないものを聴く力を引き出す。そのため私たちは、これまで見えなかったもの・新たな価値・気づかなかった問題点が理解できるようになる。その結果、現場により柔軟に対応できる人材、統合的ものの見方や発想ができる人材が育つことになる。 それは、サウンドスケープは「視覚」優先の世界にあって、ものごとを「音の世界」という切り口で捉えるからである。音という現象は、その振動を生む原因であり、周囲に存在する音以外のさまざまな状況との関係から成立する。音というテキスト体験のためには、それを聴く「主体」の存在と「時間の流れ」というコンテクストが必須となる。こうしたことが、多くの物事の本質の把握に通じるからである。 さらに、サウンドスケープというコンセプトの本質は、「サウンドスケープ研究」という新たな道を開いた後、私たちをそうした「分析的思考」に留まらせることなく、それぞれの問題解決のためのアクション、即ちデザインという創造的思考・行動に向かわせるところにある。つまり、それによって私たちは、問題の解決方法を自ら考案し、それを現場で形にする創造的実行力を発揮するようになるのである。





サウンドスケープ・デザインにとって基本となるのは、現場となるフィールド、特定の土地・地域の「実態」の把握です。「実態」には、そこで今まさに起きていることと、長年にわたりそこに蓄積された土地の記憶・場所の来歴等があります。そうしたことを調査・研究するためには、地元の人々を含め当該のフィールドに継続して関わる必要があります。その結果、各フィールドワークは、そこで展開されるプロジェクト実践という様相を呈することになります。

「SCAPEWORKS百軒店・円山町」での野外シンポジウム(2009)


繁華街としての都市渋谷の成立に深く関わるのが、神泉・円山町。この土地をフィールドに、2009年以来展開しているのが<SCAPEWORKS百軒店・円山町>です。ここでは、まちづくり活動と一体化した参与観察型の調査実践をさまざまな形で展開していますが、大型風俗店の進出を阻止するためにつくられた百軒店児童遊園地を会場として企画・開催した野外シンポジム、各種の音聴き歩き(サウンドウォーク/ブラインドウォーク)は、その初期の活動事例です。そうした活動を積み重ねるなか、まち歩きのためのツールとして<古くて新しい神泉・円山町を歩くためのガイドブック>も生まれました。

ブラインドウォーク(2009)


まち歩き用ガイドブック (2017)


池の畔の遊歩音楽会 2020:トランスメディアウォーク

一方、善福寺池(東京都・杉並区)を舞台に、まちとアート(もしくは芸能)の新たな出会いを求めて2010年以来展開しているのが<池の畔の遊歩音楽会>です。その実践のため、池とその周辺地域での、地元の人々に対する聞き取調査や文献調査、サウンドレベルメーター等の音響計測機を使ったフィールドワークまで、各種のサウンドスケープ調査を展開しています。

サウンドマップ(等音圧地図)






サウンドスケープ研究を「耳の証人」(特定の場所で聞かれた音についての記述を含む紀行文や日記等)による文献研究として展開することはできますが、その醍醐味はやはりフィールドワークにあります。そのためゼミ生のなかには、それぞれの土地での各種ワークショップへの参加や、それぞれの土地のもつ力、地元の人々の交流等にインスピレーションを得て、独自の創作活動を展開する者が少なくありません。たとえば、入江恭平さん(2018年度卒業生)は、<SCAPEWORKS円山町>の活動への参加をきっかけとして卒業制作、まち歩き演劇<書を持て、まちを巡ろう:神泉・円山町篇>を製作しました。現在は、SPAC-静岡県舞台芸術センターの制作部に所属しています。


まち歩き演劇「書を持て、まちを巡ろう:神泉・円山町篇」(2019)

こうしたプロジェクト実践の鳥越研究室における系譜には各種のものがあります。たとえば2011年度には3年ゼミ生全員で、青山キャンパスをフィールドとして「青山学院らしい音さがし」というプロジェクトを実施しました。その結果を踏まえ、メンバーの一人だった佐藤秀樹さん(2012年度卒業生)は翌年、卒業制作としてBlu-ray・CD・解説書から成るメディアパッケージ<音風景で紹介する青山学院大学>の制作に取り組みました。また、2020年度3年ゼミのメンバーは、善福寺池周辺でのフィールドワーク等を通じて自然・伝承・歴史社会・自然保全等の関係を学んだ結果、この地域の今後のまちづくりや環境保全活動等に役立つオリジナル・メディアとして、当地の河童伝承をもとに<河童になったカワウソ>というストップモーション・アニメーションを企画・作成しました。

音風景で紹介する青山学院大学(2013)


     

河童になったカワウソ(2021)

   






私自身は1980年代終盤から、実社会をフィールドとして各種のサウンドスケープ・デザインの仕事を手がけてきました。そうした実践事例のなかでも、サウンドスケープ・デザインの考え方を明確に示し、現在に至るまでその理念のもとに運営されているのが、1992年に大分県竹田市にオープンした瀧廉太郎記念館の庭園計画です。 ここでは「来館者が少年廉太郎を育てた家とまちの音風景を追体験できる庭づくり」をめざし、先ず現場での観察調査・文献調査・地元住民を対象とした聞き取り調査等を行いました。次に、廉太郎が当時の旧宅およびその庭で体験した音風景を特定し、その構成要素のなかから再現可能な項目を選び、それらを実際に復元・再現する方法を地元竹田の建築家や庭師の人々との協働作業のなかで検討しました。また、開館20周年の折には、記念館内部のリニューアル事業も担当し、そうした庭づくりの考え方を、伝えるための展示内容やガイドブックの作成も手がけました。


瀧廉太郎記念館の庭

富山県立山博物館の野外施設<五響の森:曼荼羅遊苑>(1995)では立山地獄と天界の音環境づくりを、東京都杉並区では、まち歩きの途中で周囲の音の世界に気づくため「耳をテーマにした7つの遊具」のある<耳のオアシス>(1991)のデザインを担当しました。いずれにおいても実現したのは、どこにでも移動可能な「空間」ではなく、それぞれの土地と分かちがたい「場所づくり」としての環境デザインです。 それらのベースには、世界デザイン博覧会における<名古屋音名所><水琴窟の東屋>(1989)、国際花と緑の博覧会では<音の見晴台><音の種>(1990)といった「音のデザイン」を超えたサウンドスケープ・デザインの多様な実践事例がありました。

「水琴窟の東屋」(1989)